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【アラベスク】  第14章 kiss



第4節 聖夜の涯 [4]




「大丈夫だって。間に合うよ。アンタ達は電車が違うでしょ。自分の乗る電車の駅に行けばいいじゃない」
「冗談でしょ」
「家まで送り届けるのが男としての礼儀ですから」
「家までっ!」
 素っ頓狂な声に、女性が怪訝そうな顔をしながら三人を足早に抜いていく。木塚駅での乗り換え。一度改札を出て私鉄の駅へ向かわなくてはならない。
「この乗り換え、なんとかならないもんかね」
「せめて同じ建物内に改札があればねぇ。雨の日なんか結構キツい」
 瑠駆真がめずらしく同意し、信号の点滅に慌てて声を出す。
「あ、ヤバイ。赤になる」
「マジ? 走る?」
「無理だよ。この人混みじゃあ走れない」
 結局赤信号に足止め。ガックリと肩を落す三人の耳に、クリスマスソングが賑々しい。
「まぁそれにしても、それなりに楽しいクリスマスだったんじゃねぇか」
「そう?」
「腹いっぱい食えたし」
「アンタはそれがすべてよね」
「あのなぁ、人間食えなきゃなんにもできないんだぜ」
「はいはい」
 うんざりと頷く美鶴。
 楽しい? まぁ確かに華やかなクリスマスではあったけど。
 正直、考えると複雑だ。
 イブの夜に好きな人の家に行って、でも相手はいなくって、代わりにマイペースなメイドさんやら酒瓶片手にグチる美容師さんとか、あと、この二人とか。
 左右にチラリと視線を送る。
 なんでこんな事になったワケ? 霞流さんがいないのはわかってたから、まぁ好きな人とのロマンチックな聖夜なんてものは最初から期待はしてなかったけど、よりによってこの二人と過ごす事になるとは思わなかった。聡が喚いたお陰で、霞流さんの事が好きだってコトもバレてしまったし。
 突っ込みもしない幸田(こうだ)と木崎の態度を考えると、やっぱりあの二人は薄々気付いていたのだろうかと思える。
「へー、霞流さんの事が好きなんだぁ。お目が高いねぇ」
 などと、冷やかしているのか応援しているのかよくわからない態度の井芹(いぜり)。軽快に笑い声をあげる彼女は、果たして霞流慎二の本性を知っているのだろうか? もし知っていたとしたならば、あの人は辞めておいた方がいいなどといった言葉でも囁いてきそうなものなのだが。小窪(こくぼ)智論(ちさと)のように。
 智論さん。
 霞流慎二の幼馴染で、そして許婚。
 智論さん、今日はどこに居るんだろう? ひょっとして霞流さんと一緒に居るのだろうか?
 許婚なんてのは形だけだとは言っていたけれど。
 霞流慎二と一緒に過ごせないのは仕方がないとは言い聞かせるが、ひょっとして彼が別の女性と一緒に過ごしているのではないかと思うと、やはり虚しくなる。
 やっぱり、少し強引な手を使ってでも、霞流さんと一緒にイブを過ごせる方法を探すべきだったのだろうか?
 聡を見上げ、そして瑠駆真を見上げる。
 この二人は、霞流邸に乗り込んできた。あり得ないと思った。非常識にも程があると思った。
 だが聡は当たり前だと言った。

「霞流ん()に行くなんて聞かされたら、気になるだろうが」

 何を聞く? と言いたげな口調だった。
 瑠駆真もそうだった。

「できれば一緒に過ごしたいと思うのも、当たり前だと思うけど」

 ひょっとしたらこの二人が当たり前で、私の方がおかしいのだろうか? 本当に好きなら、この二人のように行動するのが当たり前なのだろうか?
 私が、それほど霞流さんを想っているワケではないという事なのだろうか?
 左右の二人が、ひどく大きな存在に思える。
 二人に負けないくらい自分も霞流さんの事が好きなはずだって、そう信じたはずなのに。やっぱりどこか負けているような気がする。
 街の賑やかさが虚しい。
 霞流さんの事を振り向かせたかったら、やっぱり聡や瑠駆真みたいに少し強引な手を使わないといけないって事なのかな。なんか、この二人に諭されたような気がして情けなくなる。まぁ、自分の情けなさを教えてくれたって点を考えれば、二人が来てくれた事にも意義があったって事か。
 そこでふと、唇に人差し指を当てる。
 二人が、来てくれたから。
 (わずら)わしくって、邪魔なだけの存在。二人の気持ちは受け取れないのだから、二人とは離れるべきだ。そう決意して距離を置こうともした。その二人が来てくれたから。
 この二人は私にとって………
 強く瞳を閉じる。
 そんな、そんな事はないはずだ。この二人が私にとって、何か役立つ存在だなんて。
 役立つ? そんな、まるで道具か何かのような表現を使うなんて、失礼じゃないか。
 失礼?
 なんでこの二人にそんな気を使う必要があるのだ?
 そっと額に右手を添える。
 この二人は私にとって、迷惑なだけの存在だ。
 ふと、遠い思い出のような過去から、木漏れ陽に乗って蘇る。

「敢えて贅沢を言うなら、君はもっと素敵になれると思う」

 数学の門浦(かどうら)の一件がなんとか落ち着いた当日、瑠駆真は美鶴のアパートを訪ねて、そんな事を言った。恥かしくてまともに目を見る事ができなかったのを、覚えている。

「こんな風に人を見下して楽しむような、拒絶して孤立して満足するような君が本当の君だなんて、僕は信じない。絶対に信じない……」

 薄暗いアパートで、襖を挟んで瑠駆真はそう言った。
 信じるか信じないかなんて、そんな事はどうでもいい。ただ自分は、そういう人間にないたいと思っていた。そうなってやると心に決めていた。
 だが結局、美鶴はまた人を好きになった。
 もし、瑠駆真や聡がいなかったら、私は霞流さんを好きには、ならなかったのだろうか?
 私は、変わった。それは、認めたくはないが、認めざるを得ない。それは―――
 やめよう。考えるな。二人の気持ちが受け取れない事には変わらない。感謝したって意味は無い。
 霞流さんの事だってそうだ。一緒に過ごせなかったのは仕方がない。終わった事だ。イブはもう終わりだ。別につまらない晩餐だったワケじゃない。
 そうだよ。楽しかったじゃない。去年までのイブに比べたら格段の差だよ。
 一緒に食事をしてくれる人はいたし、その食事は温かくて美味しかったし、井芹さんの存在だって、結局はおもしろかったワケだし。
 しかも、とんでもない光景を目にしてしまうし。
 思い出すと、笑ってしまう。
「何笑ってんだよ?」
 訝しそうに見下ろしてくる聡。
「笑ってないよ」
「ウソだ。笑ってたね」
「別に。ただ、おもしろい事実も判ったなって思ってさ」
 含みを持たせた美鶴の声に、聡が大きくため息をもらす。
「だからぁ、あれは事故だって。おい美鶴、間違っても学校でバラすなよ」
「そんな幼稚な事しないわよ」
「どうだか。しないとか言って、涼木(すずき)あたりにでもバラすんだろ?」
「アンタじゃあるまいし」
「なにっ!」
「ところでさ、涼木さんは今頃何やってんだろう? やっぱ蔦と一緒かな?」
「違うんじゃない? 唐草ハウスってところでクリスマスパーティーがあるって言ってたから、そっちでしょ」
「あ、そうか。そう言えば美鶴も誘われたんだっけ?」
「そうよ」
「じゃあ…」
 そこまで言って急に言いよどむ瑠駆真に、美鶴がチラリと上目遣い。
「何よ?」
「いや、別に」







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